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北区に帰宅

 前回に書いた日記の中で、別れる時もさみしくなかった、と書いたのだけれど、わたしの予知能力が少し働いていたのかもしれない。
 いきなり日本に帰国することになりました。母方のおばあちゃんが危篤状態だからです。母は、万が一があっても、あんたは遠すぎるから帰ってこなくてもいい、と言っていたのですが、姉に相談した結果、帰れるなら帰った方がいいだろうということになったのです。学校は始まったばかりですが、メイクアップでどうにかなります。バイトも、他のバイト仲間たちの中の大学生たちは夏休みまっただ中で、代わりはいくらでもいる、とマネージャが言ってくれました。これはもう帰るしかない。
 というわけで、7ヶ月ぶりに日本に帰ります。足の怪我も治らないので、国民保険に加入し、病院に行こうと思います。きっとおばあちゃんがわたしに日本に帰って病院に行きなさい、と言っているんだわ、と思っているんだけれど。
 タイトルのダジャレは、わたしの実家が”小倉北区”にあることから来てます。

ミッション・イイヒトブットルFinale

 左足の薬指を打撲してからついに1週間以上が経ってしまった。治らなかった。回復に向かっている自信があったのに、日曜日にスーパーで知らないおじさんとぶつかりそうになり、避けたはずが、その怪我のとこ蹴られた。もろに蹴られたんだよ〜。。。。さらに昨日調子に乗って歩き回ったら痛い。本当に痛い。疼きが熱まで呼び込んだらしい。ぼーっとする。今日は新しいクラスが始まって初めて、休みを取ることにしたよ。今日は歩いちゃいかん日なのである。英語で頭も使っちゃいかん日なのである。これはいつもの言い訳。

 さて、今日こそ終えてやる。
 6日目はわたしにとっての休息日になった。4人を日帰りのナイアガラツアーに向かわせたのである。わたしはすでに2回も行っていたし、空港まで送り迎えすれば何も問題なかろうと思ったのだった。その日、時間に余裕があったのと、下手にタクシーで行くよりは時間的に正確な(はずの)地下鉄で行こうということに。乗り換えして、地下鉄Aラインに乗れば良いだけであった。しかし、その日、その乗り換え駅からはAラインは走っておらず、JFK空港に行くなら、JかZラインに乗れ、と言われてしまった。JとZ。アメリカ人の友達が自分もあまり乗らないと言われたラインがそれであった。しかも早朝。きょ、きょわい・・・・。おばちゃんに相談すると、これだけ人数がいるんやけ、大丈夫やろ、と言われ,タクシーには乗らず、そのまま地下鉄に乗りつづける事になった。一番安全らしい、車掌のいる車両に乗った。その車両は早朝にも関わらず乗客が多かった。安心していたのに、数個駅を過ぎると、私たち以外の乗客は黒人の若者一人だけになっていた。彼はおとなしく座っていたのだが、別の黒人の若者2人組が乗って来て、彼にまるで元からの友達のように話しかけたかと思うと、彼は堰を切ったように一人で話し始めた。後から乗って来た2人はそれぞれが好き勝手に寝転がったり、寝たりし始めた。こここここわい・・・!!! そんな時に限って、車掌はプラットフォームの関係上、隣の車両で仕事していた。頼みの男2人、おいちゃんとおとんは爆睡。でも、ここで怖いことをおかんたちに告げるとわたしの怯えが伝染してしまうかもしれない、言えない。妙な責任感に追われ、一人で緊張を走らせていた。ようやく、AとCに乗り換えられるBroadway Junction駅に到着。人も増え、明るかった。その光景を見た途端、怯えていた気持ちが飛んで行き、そのまま乗っていても良かったかなと思った。いまさら始まったことでないけど、単純なわたし。しかも、次に乗る電車がなかなか来なかったので、結局搭乗時間10分前に空港に着いた。喉元すぎればなんとやら、本当に乗り換えないほうが良かった。
 ナイアガラにはHERSHEY'Sのお店がある。おいちゃんに「もしそこに寄れたら、KISSチョコのキャラクターがプリントされたナイアガラ限定の黄色いTシャツを買って来て」と伝えといた。ちゃんとメモしたおいちゃん。買って来てくれたおみやげは、「NIAGARA FALLS」と書かれ、メープルのハッパが刺繍された黄色いTシャツだった。英語を聞き取る際に、全部は聞き取れなくても、キーワードとなるものを聞き取れればいい、と今の担任の先生は言っている。おいちゃんはわたしのお願いのキーワードを覚えていた結果、それをおみやげに買ってきてくれたのだ。自分では絶対に買わないTシャツだけれど、人が自分のためにと考えて与えてくれたものは何でも嬉しいと思うわたし。そう思えるようになってきたのはここ数年。拝啓、わたしの成長を見守ってくれている皆様、少しづつですがわたしは大人の階段を登れているようです。
 さてさて、7日目。ほぼ最終日。去年、遊びに来てくれた友達第一号が来た時に発見したピザのうまい店に連れて行った。やはり「生地がおいしいね〜」と大好評であった、うちのおとん以外に。今までも度々思ったことがあるけれど、おとんがおかんに怒られるたびに、自分は間違いなくおとんとおかんの子であると、今回の旅行でつくづく思った。ご飯を食べる際に、おとん以外の全員は、アメリカらしい、わたしのおすすめ料理でいいよ、と言ってさっさと席に着いたのだが、おとんは何にするかと悩んでいるわたしの横で悩んで、結果、他の3人とは違う物(おとんの場合は、日本でも食べれそうな物)を選ぶのである。それを見ておかんは、ぶちぶち文句を言うのである。わたしの性格・行動は一人で二役こなしているのである。
 その後、自然史博物館へ。natural.jpgnatural2.jpg基本的にヤンキース関連のことにしか張り切らず、腰の重たいおいちゃんだったけれど、ここに連れてくると表情が少し明るくなった。動物が大好きなおいちゃん、化石のレプリカや動物の剥製などを見ながら色々と教えてくれた。例えば、
問)クロサイとシロサイの見分け方は?
答)口元。シロサイのが口がぬべ〜っと広がっていて、クロサイは尖っている
 そのようなことを。あまりにもでかすぎる博物館なのと、閉館時間になったため、全部は回りきれなかったけれど、全員十分に満足してくれたようで、日本やったら入場料3000円やね、と言って感動してました。ちなみに現在の入場料は大人で14ドル。
 yakei.jpgその夜は、これこそNY、のエンパイアステートビルの展望台へ。ここもまたわたしはこれまでに2回上った経験あり。なので、最近新しく出来たらしいロックフェラービルの展望台でもいいよ、と促してみるけれど、新旧の「めぐり会えたら」を見ているおばちゃんが「やっぱここ行かんと!」と張り切っているので、上ってみた。確かわたしが初めて上った時は11ドルだった入場料、現在は16ドル。高くなったもんだ。おばちゃんはおいちゃんと進んで展望台を一周。なのにうちのおかんと来たら、「寒い!」と一瞬見てすぐに室内へ入ろうとした。「16ドル分も払ってんだよ−!」と言って無理矢理一周させようとしたけれど、2、3辺で室内に入ってしまった。本当にもったいないよ。こんなにきれいな夜景なのに。3回目にもなると、写真を撮るのがだいぶ慣れてきているのがわかるでしょう?
 本当に最後の日。予定出発時間よりおよそ1時間も早く出発。さすが早起きを自慢していた年寄りたち。5人乗れるイエローキャブを捕まえた、と思ったら、助手席に乗せてもらうことを拒否され、結局2台に分かれて乗った。
 こちらの空港は成田空港とは違い、搭乗口に入ってしまわないと、食事する場所が充実していない。朝ご飯を一緒に食べる予定だったけれど、5人も座れるところがなかったのでさっさと4人で搭乗口に入場してもらうことにした。
 おばちゃんは「これだけ長く一緒にいたら別れるのがさみしくなるね」と言ってくれた。おかんはいつも通り「がんばりーや」と。さみしく感じたけれど、またすぐに彼らは遊びに来る気がして、そんなに悲しくなかった。わたしは次の日からさっそくバイトも始まり、いつもの貧乏生活に戻って毎日を過ごしている今。でも肥えた口はなかなか元に戻らず、1、2日間くらい、外で買い食いばかりしてました。
 ずいぶん長く書いてしまいましたが、マル秘・老人ツアーコンダクト記はこれにて終わります。

孝行記5ですの

 「デスノート」がついに最終回になったそうで、自分の方もいいかげんに最終回を迎えようと思います。がんばるぞー。
 マンハッタンのイーストサイドからウエストサイドに向かう前に、5AVにあるセント・パトリック教会に連れて行った。ここは、自分もそうだったけど、宗教に関係なく素晴らしいと思える教会。案の定、おかんとおばちゃんも喜んでいた。通常なら、奥まで入り、一周できていたのに、奥の方は立ち入り禁止になっていた。どうしたんだろうと思っていたら、結婚式が行われる直前だったようで、ブライドメイドたちやベストマンが教会内に入って来た。おばちゃんの方は、「アリー(my love)があれやってたんよねー。あれ、独身の人しか着れんみたいで、アリーが嫌がっとったっちゃ」といかにも海外ドラマ・映画好きの喜び方をしてシャッターをきっていた。bride.jpg出口は教会の前の方だったので、歩いていくと、式が間近で見れたのだけれど、そこで、すっと腰を下ろしたのは意外にも、おばちゃんではなくうちのおかんであった。おかんは黙ってしばらくその式を見ていた。もちろん、せっかく苦労して3人も娘を生んだのにも関わらず、誰一人としていい年齢こいて嫁に行ってくれない、孫も生んでくれないなぁ、自分も結婚式に親として参加したいなぁ、と夢を見ては、大志も抱いていたのであった。うちのおかんはルフィに負けないくらいの大きな野望の持ち主だよ。
 ウエストサイドへ移動。COACHへ行くが、何も収穫はなかった。姉に「ベルト」を頼まれたおかんはひたすら「バンドが欲しいんですけど!」と連呼していた。でっかい高級スーパーWholeFoodsで少し腹ごしらえをした後、おやじふたりと合流。待ち合わせにはわたしの携帯が必需だったのに、途中でふたりから掛かって来る電話が着信できていないこと(=通話料金切れ)に気づき、走ってプリペイドカードを買いに行ったハプニングもあったけど、結局は合流できた。すんごい勢いでヤンキースが勝った上、前回の試合よりは断然、松井が見れたようで、ふたりは超〜〜〜〜〜〜上〜〜〜〜〜〜〜機嫌であった。その後はSaigon Grillへ行き、夕ご飯を食べた。他のお客が注文した、チキンの唐揚げのようなものを見たおとんから、あれがいいとリクエストされた。それだと予想して注文したが、やはり予想は外れ、想像していなかった料理が運ばれてきた。ま、どの料理もまずいということはないので、良いけれど。
 yankee.jpgその帰り道、ついに、おいちゃんがずっと欲しいと言っていた(”孝行記3”参照)ものが手に入ったのである。バッジと思っていたそれは、何の役にも立たない”ミニボール”というもので、飾りであった。これを書いている今もキャンペーン中なんだけども、こっちの新聞NEW YORK POSTを買うとクーポンがついており、それと交換に約3ドルで一個ヤンキース選手の顔が付いたミニボールが買えるのである。台紙もあって、これにはめてくれよな! って感じのCMがTVでがんがん流れていて、おいちゃんはこれを見て、欲しい欲しい〜と思っていたのである。そして、その日、試しにいつから買えるのかDeliで聞いてみたら、すでに持っていた8個だけ、先に売ってくれたのである。念願のそれを手にしたおいちゃんの喜びと言ったらもう・・! その中に松井が無かったので、すこし残念がっていたけれど。〜つづく。

 もう疲れたので寝よう。やっぱり終わらなかった・・りぼん連載当時の「星の瞳のシルエット」に毎回”クライマックス”って書いてたのと同じだよ。いい加減終われよ、と思っている人ごめんなさい。思い出しながら書くと4人の行動が面白くなってきてついつい長くなってしまうわ。
 最後にここんとこの自分のこと書いておこうっと。恥ずかしい話ですが、ここ数日毎日10時間くらい寝ているわ。それでも授業中にいねむりして注意されたよ。あまりにもおかしいので、怪我が多いに関係してる気がするんだけどどう思うよ?2日前くらいまで、だるくて仕方なかったんだけど、今日は結構元気だったし、歩く時もあまり痛まなかったしね。明日か明後日には普通に歩けると信じてるぜ〜。歩いてみせるぜ。そしたら全く知らない人に「足どうかしたの!?」とか言って急に話しかけられる恐怖にも怯えないで生きていけるよ。

骨折したら青春が遅れる。〜4

 昨日左足の薬指を打撲しました。湿布を貼って寝たにもかかわらず、朝歩くと激痛が走ったので、今日一日跛ひいて歩きました。「ユージュアル・サスペクツ」のケビン・スペイシーがこんなじゃなかったっけ、と思いながら。数日はこのまま様子を見るつもりです。バイト先のLATINO達は、救急病院に行き、請求先の住所などは適当に書くらしいです。それはさすがに良心が咎めます。説明はできないけれど、どこかの国民として、それはやっちゃいかん気がするのです。国民年金は払ってないわたしが言うのもなんですが。がんばれ、打撲。頼むから治ってくれ。またもやひび割れ骨折ではありませんように!!

 昨日から、新しい学校のクラスがようやくスタートしました。頼んでいれてもらったAdvancedのクラスですが、入ってびっくり。前通った学校よりもレベルが低いよ。グラマーなんて鼻水が出るくらいですが、その簡単なグラマーを会話に活かせないわたしなので、どうにかこのセメスターで! とやる気満々です。ふんがー! 

 ああ、旅行記ね。自分的に他にも書きたいことがいっぱい出て来たから、もう書かなくてもいいかなと思ったけど、一回書き始めたんやから、やっぱり書こう。前回の見たらまだ2日目だったよ。長〜な〜・・。なんであたし、こんなの書き始めちゃったんだろう。。
 bus.jpg3日目。予告通り、GREY LINEの2階建てバスに乗った。48時間有効のバスチケットが一人49ドル。しかもガイド付き、というなかなかお得なチケットだと思うのだけれど、もちろん英語なので、誰もわからない。それでも、歩かずに済んだことが良かったようで、おばさん以外、ほぼ全員がこっくりこっくり・・zzz。最初は2階に行くも、よく寝れるから、と言い、4日目(バスは2日目)なんて1階席占領して寝てたよ、おっさんふたりは。そう言えば、その日の帰り、車に酔うはずのないおいちゃんが、大変に気持ち悪そうにしていた。足が痛いのだろう、疲れたのだろう、とおばちゃんが言っていたけれど、焼肉を食べても元気がでなかったおいちゃんがわたしに頼んだ。「ニコチンの量が20mg以上のタバコ買って」と。日本出国の際に、ギリギリまで間違ったターミナルで待機していた4人。うちのおとんのタバコは買えたけど、おいちゃんのは買えなかったそう。アメリカで買うと一箱7ドル前後するので、うちのおとんのタバコ(ニコチン0.4mg)を吸い続けていたのであった。ニコチンって言葉が英語なのかどうかわからないまま、Deliの兄ちゃんに聞く。誰も知らない。タバコを見せてもらう。何も書いていない。賞味期限と同じく、アメリカのものには不親切にも何も書いてないのであった。とりあえず強そうだから、と"CAMEL RED"なるものを買う。吸った。生き返った。いつものおいちゃんになった。
 4日目の途中、グッゲンハイム美術館に寄る。おいちゃんは建築家なので、建物見るだけでも面白いだろう、と姉の助言があったので連れて行った。結果、外観工事中。がっくし。おばちゃんと最近絵画教室に通っているママンとわたしの3人で入館。おもったより小さいのでびっくりした。そのときの催しが誰一人興味をもたなかったのだけれど、ピカソの絵などは「黒の時代、青の時代・・」などと言いながら喜んで見ていたおばさんふたり。メトロポリタン美術館は絶対もっと楽しいよーと勧めてみるが、どうやら「美術館」というものに一度入ったら満足の模様。うちのおかんは、「わたしも絵もいつかそうとう高い値段で売れるようになっちゃるけねー」と何度も言っていた。guggen.jpg
 その夜、わたしの念願の"STOMP"を見に行った。運良くディスカウントチケットが出ていた期間だったので、一枚30ドルという格安の値段で、前もって買えていた。言葉は無いし、時差ボケも終わっている頃だろうからきっと楽しむだろう、と踏んでいたのに、結局おかんとおいちゃんは寝ていた。なんで!?
 5日目。朝一で、ヤンキースの試合のチケットを買いに行く。今度こそ間違えないぞと、気合いをいれるが、土曜日だったし多分GWに入ってしまっていたため、松井側のチケットは売り切れ。でも、バッターボックスの後ろの方(なんて言うのかわからん)の3階席くらい? が残っていたので、それを購入。うちのおとんも、おいちゃんや、よくヤンキースものを着ているニューヨーカーたちに感化されたようで、普段帽子をかぶらないのにヤンキースの帽子を購入。さらにはジャージまで買い、顔には出さないけれどきっと心の中はホクホクのおとん。そのような出で立ちで、すでに試合を見に行く準備は万端。チケットを買って気づく。試合まであと2時間あまり。危ない危ない、その日はデーゲームだった。急いで送り出したあと、女3人は買い物の5Ave.へ。今はもちろんツリーもなければアイススケートリンクもないロックフェラーセンターへ連れて行った。そこで休んだばかりなのに、その前にある高級デパートのSAKSに入った途端、デパートは疲れる、と言いだす2人。その時COACHに入ろうとしていたのだけれど、どこにでもあるから、いざ入ろうとすると詳しい場所を覚えていなかったわたし。でも、そんな2人を連れて「こっちかも、ついて来て〜、あ、違った」なんてことできるわけがなかったから、はっきり場所を覚えているCOACHのあるTimeWarnerBldg.へ、もちろんバスで移動。NYに来て地下鉄とバス乗り放題のMetroCardを渡したときは、福岡の西鉄バスも便利なんよと張り合っていた人たちだったけれど、この頃になると、いいかげんMetroCardの便利さがわかりはじめていた。
〜もう続けてもなんも面白い事無いよ、でもつづく・・?

すでに忘れかけているNY孝行記3

 今夜は「prison break」と「24」の日。先週見逃してしまったのが無念じゃ。prison breakの主役の男の子,本当にかっこいい。目が素敵。漫画に出てきそうなくらいかっこいいのよー。ありゃ日本でも絶対ブレイクするよ。

 さてさて、すでに消え始めている先週の出来事を聞いてもらわなければ。親孝行してるよ、っていい人間アピールできるときにしておかないとね。登場人物はうちのおとんとおかんとおいちゃん(叔父さん)とおばさん。
 来た初日はとりあえず、NYCに住んでいる人は進んでは行かないと思われるTimes Squareへ。行かない理由はもちろん観光客でごった返しているから。スリが多いと聞くので、とりあえず親達の手荷物の確認。旅行前から「全部あんたにまかしとるけ」と言って結局自分では下調べも何もしなかったうちのおかん。初めてのアメリカはNYC旅行で、普通のハンドバッグ持って来てました。確かにね、最近のNYCは安全だと言いますよ、今ではわたしもリュック背負ってますよ。でもね、わたしも最初の数回までは、体から離れないようなショルダーバッグ持って行きましたよ。
 危ないかも、と知らせるとそのバッグはおとんが持たせられることに。「余計じいさんに見えるから明るい色を着た方がいい」とおかん流の勝手なファッションセンスのいいなりで、全身白い服を着せられていたうちのおとんは、おばさんバッグを両手で持ち、余計にNYファッションとはかけ離れたコーディネートで街を歩かされたのでした。対照的すぎて気づいたのか、客観的に見ていたおいちゃんは「こっちの人は黒ばっか着とるね」と言ってました。確かに、こっちの人はさ、よく黒着てるんだよねー。それかド派手な色が多い。きっと”NYカラーチャート”にはパステルカラーってのが無いんだと思います。
 次の日はさすがにうちのおかんでも知っていた”グラウンドゼロ”(ワールドトレードセンタービル跡地)へ。わたしが初めてNYに来た時はまだその傷跡が残っていたけれど、今ではただのフェンスの隙間から見えるだだっぴろい工事中の景色。そして、おとんのファッションをどうにかしようと、その隣にあるディスカウントで有名な”センチュリー21”へ。あわよくばわたしの服も買ってもらおうと思っていたのだけれど、買い物が大好きな4人でもないから、ろくに見て回ろうともしない。作戦失敗。そして全員一致で買ったおとんのおニューは、真っ白なVネックのベストだったよ。また白。今更”純粋”を売ってどうすんじゃい。
 その後”自由の女神”を眺めにバッテリーパークへ。像のある島へ降りたつフェリーに乗るか、ということになったので、乗る前に、お腹をすかせたわたしがサンドイッチを頬張り、男2人が公園を散歩してきたら「もう行かんでいいね」ということになっていた。この人たち、本当に初めて観光に来たのかしらん? というくらいものぐさだった。
 チャイナタウンで昼食をとり、一気にアップタウンへ。ブロンクスはヤンキースタジアムまで、5人で移動。その間、おばが気づいた。NYの街中を走る赤い2階建てバス、GREY LINEの観光バスに。そして出た一言、「あれが楽そう」。
 去年、親とその他親戚と北海道に行った時がバスツアーだった。4日間ほとんどバス移動。入ってみたいところがあってもノンストップ。自分の意思では何もできない、それが地獄の観光バス・・そう思っていたのだけれど、お年を召された方々には、自分で歩かないでも観光地に行ける、それが素敵な魅力のバスツアー・・なのだと、知った。というわけでその時、3日目はバスツアーに決定した。でも、実はわたしGREY LINEの2階建てバスには乗ってみたかったので、異議無し。しかもHop On Hop Off(乗り降り自由)で、なかなかに便利であった。
 昼の3時か4時にはヤンキースタジアムの駅に着き、おじさん2人をさっさと球場に押し込んでしまうつもりだったのが、まだ入場できなかったので、周辺に山ほどあるグッズのお店で時間つぶし。おいちゃん、ここでもグッズを買う。それでも、まだ、おいちゃんが欲しい、と毎日言っていたバッヂらしきものが見つからない。ちなみに、この頃わたしはスター選手、ジーターの顔をようやく覚えましたわ。最初「ジェッター」って読んで友達に笑われたよ。
 それでもまだ開場までに時間があったので、常に疲れた人たちは喜んでマクドナルドへ。アメリカのサイズにまだ慣れていなかった4人はマックのスモールコーヒーでも大きい、と驚いていた。日本のサイズなんてとうに忘れたわたしは、ヨーグルトパフェ1つ食べても足りず、McFLURRYを追加注文。普通のsundae(トッピングソースにチョコかイチゴを選ぶ)とどう違うのかわからなかったので、とりあえず頼んでみた。トッピングにOREOかM&Mを選べと言われ、英語っぽく「えめんどえーむ」と言ってみるが通じない。何度も言い、ついに「エミネム?」と聞き返されて思い出したこの発音。あああ、知っていたのに、活きた英語をまた活用できなかった。ぐやじい〜〜。で、結局は同じバニラアイスなんだけど、量とトッピングが違うだけのよう。sundaeは1ドルだしね。blurry.jpg実はM&Mを載せたアイスを食べるのは初めて。想像以上に美味しかったけど、M&Mの量がすごい上に、どんどん着色料が溶け出してすごい事になっていったよ。
 その後、ついにオヤジ2人は球場へ。一枚50ドルもしたチケットの試合、充分楽しんでこいよ、という思いで、あんぱん持たせて送り出した。
 帰りは2人だけで無事に帰って来れたので良かったのだが、試合はどうだったのかと聞くと、なんと、松井の守備とは全く逆の座席だったと言う。1個ずつ持たせたあんぱんも半分残っていた。聞くと、松井は見えないし、ヤンキースも負けるし、寒くてあんぱんどころかビールさえ飲む気にならなかったそうな。なんて不憫な! わたしは、そのチケットを取る為に、知り合いに松井の守備位置を聞きまくり、最後に、ヤンキースのクラブハウスに行って、ここは松井が見えるところね、って確認してから買ったというのに、結局そのチケットを発券した兄ちゃんが間違っていたのよー!! 例え「かーっ、100ドル返せー!」と文句言いに言行ってもそんなの知らん、と言われるのがオチなのもわかっている。こんなところが嫌いじゃ、アメリカ!!
 友人から勧められた夜景を見るヘリコプターツアーを5日目に予約していました。最終搭乗時間は夜8時半。例え最終のへリに乗ったとしても、その時間にはまだ日が落ちきっていません。しかも、聞くとおいちゃんとおばさんはヘリコプターに乗ったことがあるとな。それはキャンセルして、もう一回、試合を見に行かせてあげようということになりました。うちのおとんはともかく、おいちゃんにとっては観光よりなにより、大好きな松井を応援するために来たのですから。〜自分でも意外につづく。

忘れないうちに書かなければ。〜NY孝行記2

 阪神タイガースファンのおいちゃん。でも松井(もちろんゴジラ)の大ファンである彼がこの旅行の発起人と言ってもおかしくない。まず初日の夕方からさっそくNYヤンキースクラブハウスへ。さっそく野球帽を購入したおいちゃん。頭の大きいおいちゃんでもぴったりのサイズがあるのはさすがアメリカ、とわたしは思ったのだけれど、おいちゃんいわく「外人の方が頭が小さい」そうな。この4人、終止そのへんにいるノンエイジアンを「外人」呼ばわりしておりました。今はアメリカにいるんだから、わたしらの方がよっぽど外人だよ、なんて言っても通じるわけがないので言いませんでした。いや、一回くらいは言ってみたかもね。結局、誰も聞いてないから言っても同じよ。
 このおいちゃんとその嫁のおばちゃん。日本では「デブ」の部類に入ります。しかし、ニューヨークでは、まだまだ甘い。かなり太った人を見つける度に全員で飽きれておりました。そんなふたりなので、歩くと足に負担がかかっています。普段の生活でもろくに歩いておりません。で、遅い! とにかく歩くのがのろい。結局ふたりのそのスピードに逆の意味でついていくことは、結局最後までできませんでした。後ろを振り返りつつ歩いた1週間でした。歩くのが遅い分、観光もわたしの予想以上に進みませんでした。でも、いま考えると、そのペースだから、彼らも完全にはバテずに1週間毎日出歩くことができたのだろうなと思います。〜つづく・・はず。

NY孝行記1

 来週から新しいクラスが始まるので、勉強しようと自分的に少し早起きしてみたら、こうだよ、いっつもこうだよ・・・。この日記書くのも日本語忘れないためだよ・・言い訳。
 さておき。おかんおとんおいちゃんおばちゃん4人組、の初めてのNY旅は終わりました。疲れたけど、胃は常に満腹だったし、面白かったのでキレてません。つられやすい性格なので、おとんに小言を並べるおかんのテンションに合わせてキレかけましたが、大変に温和なおばちゃん気流でなんとかもちこたえました。わたしも温和になったもんだ。このままNYでどんどん人間を丸くしていくぜ〜。

 地元で航空券だけを取らせて、宿泊先はこっちでどうにか確保。運良く、マンハッタンはイーストビレッジ、日本人の多いASTOR PLACEというところのアパートの3BRを借りらることができました。部屋から見た景色は写真の1枚目を参照のこと。ie.jpg
 とても素敵なお部屋だったのですが、walkupの6F。言っておくけど、借りる前に一応おかんとおばちゃんに確認したのよ。わたしは思っていたより楽な階段だったのだけれど(日本のマンションの階段より短く狭いから)、60歳前後の彼らにはそうとうきつかった模様。一日1度づつしか上り下りができませんでした。
walkup.jpg
 その部屋は前の入居者と次の入居者の間に時間ができたため、借りられた部屋です。家具はほとんどありませんでした。ですが、貸してくれた人が本当に良い人で、最低限の物、寝るためのマットレスなどは貸してくれました。家具にも限度があるので、わたしが寝るFUTONをリビングに置き、それを3人分の椅子代わりにしてました。特に普段は畳で生活している4人ですから日に日に疲れがたまっていくようでした。今ごろ、畳でおもいきりごろんとしているでしょうな。
 確かおかんたちが来た次の日の朝だったと思います。わたしがそのFUTON(ソファーベッド)で寝ていると、何か聞こえてきます。問いかけなので答えなければいけません。答えました。目が覚めました。それがわたしの目覚ましアラームでした。朝6時くらい。おかんはわたしが寝ていたことに気づいておらず、話しかけてきたのでした。そして全員がすぐに起床。早いんですけど。年寄りが起きるのは朝早い。4人で身をもって証明してくれた1週間でした。最後の数日間はわたしも慣れてきて、べちゃくちゃ喋ってる年寄り4人の横で9時くらいまでぐーすか寝てましたけどね。
 おっと、書きすぎた。いきなりですが、これにてどろん。